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    • 2014.04.14 Monday
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    ゴッド・ブレス・ユー

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      終わる、という言葉に人は無意識に死を意識する。
      年の終わりに遅くまで起きていて、いち早く新しい年を祝いたがるのは
      死の寂しさを紛らわせて新年を迎える=再生したいからではないか、と思う。
      新年の祝いは「今年も生きていてヨカッタ」の祝いでもあるのだ。
      想像してみてほしい。
      「大晦日の夜は早く寝て厳粛に静かに過ごす」ことがもしも日本人の
      しきたりだったとしたら。
      こわい。さみしい。これは辛い。

      最近信心深くなってきたような気がする。
      といっても、特定の神様を信じるわけではなく、
      世の中には人智を超えた何らかの力が存在することを
      これまでの人生で感じることがあったからだ。

      若いときは「神様なんているわけない」と思っていた。
      自分に起こることは全て自分に原因があり、
      すべての結果を自分で責任を取るしかない、と。

      それはとんでもなく傲慢で不遜で夜郎自大な考えだ、と
      気づいたのは子供を持ってからだ。
      どうしようもなく困っているときにひょんなところから助けが現れたり
      こうなったらいいけどなるわけないよなと思っているとそうなってくれたり
      子供がこちらの考えていることをすべて見通したようなことを
      なんでもないようにポツリと言ったり。

      そういうとき、私は神様の存在を感じる。
      神様というか、この世に存在する”何か”の力。

      ただこの”何か”はいいことばかり起こしてくれるわけじゃない。
      立っているのがやっとのボロボロな人に雷を落としたり、
      虫も殺さぬ善良な人を崖から突き落としたりするのも
      その”何か”だ。

      「これをしているから(しなかったから)悪いことは起こらない」
      なんて保障は絶対ない。
      生きている限り、”何か”は善とか悪とか人間の価値観を超越した形で
      ずっと傍にいるのだと思っておこう。
      それが私なりの「ゴッド・ブレス・ユー」だ。

      皆様によき年が訪れますよう。



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        • 2014.04.14 Monday
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